2012年12月05日

国東の立石町

 先日、友人と共に大分国東を訪れた。
 その第一の目的は立石町への訪問である。
 九州に立石という地名は数か所あるが、この国東の立石が一番大きな町である。
 しかし訪れてみると、ここ立石町もかつて金鉱を掘り出した時代に栄えた所だったとのことだが、今ではすっかり、ただの田舎の集落である。
 駅前の店に立ち寄り話しを聞いたが、かつての面影はない。
 「鉄道も駅員が30人ほどいたが、日豊本線の特急も停まらない無人駅になっている、寂しい限り」と話していた。
 ひと昔前に繁盛した、石炭や鉱山の地域はほとんどが、かつての姿をなくしている。
 そして昭和三〇年代と平成の合併で、その周辺集落は離れ小島のように閑散となり時代の流れとともに過疎化が進行している。
 何処も年寄り屋敷へと変わっていく運命にあると言えるのではあるまいか。
 さて、わが鳥栖市の立石町はどのように進むのか?
 いや、どうしていくのか、足元を見つめ、地域のことを考えるべき時かもしれない。
IMG_4363.jpg

 
 
 
posted by むた秀敏後援会 at 09:06| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

国東の立石町

 先日、友人と共に大分国東を訪れた。
 その第一の目的は立石町への訪問である。
 九州に立石という地名は数か所あるが、この国東の立石が一番大きな町である。
 しかし訪れてみると、ここ立石町もかつて金鉱を掘り出した時代に栄えた所だったとのことだが、今ではすっかり、ただの田舎の集落である。
 駅前の店に立ち寄り話しを聞いたが、かつての面影はない。
 「鉄道も駅員が30人ほどいたが、日豊本線の特急も停まらない無人駅になっている、寂しい限り」と話していた。
 ひと昔前に繁盛した、石炭や鉱山の地域はほとんどが、かつての姿をなくしている。
 そして昭和三〇年代と平成の合併で、その周辺集落は離れ小島のように閑散となり時代の流れとともに過疎化が進行している。
 何処も年寄り屋敷へと変わっていく運命にあると言えるのではあるまいか。
 さて、わが鳥栖市の立石町はどのように進むのか?
 いや、どうしていくのか、足元を見つめ、地域のことを考えるべき時かもしれない。
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posted by むた秀敏後援会 at 09:04| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月04日

孫娘誕生

 10月末、長男夫婦に娘が誕生した。
 息子二人だったので、長男夫婦が一番喜んでいると思う。
 先日、孫娘に会いに佐賀に行った。
 初めての対面であった。
 「美人だし、お母さんホームランを打てくれたね」と抱きながら第一声のばーさん、皆大笑いである。 
 やはり、ばばバカである、そう言う私も思いは一緒だ。
 子供は男女どちらでも健康であれば、と言うがそれでも欲が出てくる。
 素早く、どこが誰に似ていると話が飛び交う。
 顔も可愛いし、頭も良さそうと希望的な思いも重なって話しは尽きない。
 泣きだした孫娘をまた抱く、そろそろ失礼しようかと孫娘に話しかけ帰路に。
 車の中でも孫娘のことばかりだ、当分は孫娘が話題の中心だろう。
 「孫娘の結婚式には出席したいね」
 「お父さんは気が早いね」と会話が続く。
posted by むた秀敏後援会 at 07:55| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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