2011年01月04日

「ありがとう」を素直に言える。

 世の中には、いろんな場面で「ありがとう」と感謝の言葉を言ったり、言われたり、聞いたりもする。
 しかし、心から「ありがとう」と、自信を持って言える人は何人いるだろうか。
 私自身すべての場合でそうであるかと、自問してみると自信がない。
 家庭において、家内や子ども、孫たちに忘れずに言っているのだろうか?
   (ほとんどペケ ・・・と影の声)
 ちょっと注意してみればいいのかも知れないが、
 本当は素直に心から無意識のうちに「ありがとう」の言葉がでて、
 そこで互いに感謝し、感謝されることになると思う。
 それぞれの心に問うてみることでもあろう。
 いや、その必要はないと言う方があればお許し下さい。

 「ありがとう」さわやかな人と人とのつながりをつくる言葉である。
 社会において、失ってはならない言葉だと思う。
 アリが十(とう)ならイモ虫は二十(はたち)と言葉遊びを思い出すが、
 心から「ありがとう」と言える街になったら素晴らしいと思う。

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2011年01月03日

一円を大切にする。

 昔から“一銭を笑う者は一銭に泣く”とお金の大切さを教えた格言がある。
 今は一円が通貨の単位であるから一円と言うべきであろう。
 いずれにしても大事にしなければならないし、社会のトラブルの主因がカネがらみのものが殆どである。
 カネは良くもするし、悪くもすると言う。
 今も政治の問題となっている「政治とカネ」のように悪いイメージにカネがつきまとう。
 しかし、カネを国際的な通貨とするから経済もうまく廻っているのも当然のことで、
 やはり、大事に、大切に利用すれば大変いいことに違いない。
 一円を大切にする心を失わず生活していきたいものである。
 一円を生かす人生こそ節約を旨とする生き方ではあるまいか。

  改めてサイフを覗いた・・・・・ 一円玉が八枚入っていた。
 
 行政も然りである。
 一円を市民のために生かすことに心がけるべきである。
 よく言われる“たかが一円、されど一円”である。
 99円で100円のものは買えない。
 有難い一円である。
 80兆円の国の予算も、200億円の市の予算も一円の積み上げに他ならないのである。
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2011年01月02日

エスペランサ(希望)

(いま大切に思うこと、やるべきこと。) 
 私達が失ってきたものがある。
 それは大きなことではなく、日々の暮らしに誰もがやってきたこと、心にあったことです。
 そして日々の生活に生かされていて、私達の暮らしのリズムでもあったことだと思います。
 これらのことをもう一度暮らしに取り戻して、素朴な素直な私達らしい暮らし方を見つめ直すチャンスは「いま」なのかもしれません。
 田舎も都会も関係ありません。
 昔に帰ることでもありません。
 先輩たちが普通にやっていたことです。
 私のまちには今もその心は残っています。
 そんな「まち」づくりが行政の原点ではないかと思っています。
 私は市役所に挙げたことを思い出しています。
 市役所とは「鳥栖市民に役立つ人がいる所」。今も同じ気持です。
 温かい市政に取り組んでゆきたいと思っています。
 お隣さん、向こう三軒両隣。こんな言葉が活かされるまちを目指します。

(こんな風景と生き方のある「まち」を築きあげたい。)
1円を大切にする。
「ありがとう」を素直に言える。
人々と心から泣き笑える。
そっと手を差しのべる。
ふり返ってでも声をかけあう。
あいさつを笑顔で交わす。
「美味しいから食べて」と届けあう。
「醤油貸して」そんな隣近所のつきあいがある。
子供の笑い声の絶えない。
お年寄りに心からやさしくできる。
posted by むた秀敏後援会 at 14:12| 理念・政策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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