2011年10月24日

29、寒椿の思い

 いまでも寒い時程、左腕の方が掛布団から手を出して冷たくなって目を覚ますことが度々ある。
 それに手術後、寒い真冬に腕を吊っていたので、そのことが記憶されて、特に冬の寒い2月頃が多く、あの冷たい時期を覚えているのだろう。

 2月と言えば院長自宅裏に寒椿が咲いていた。
 その花びらに雪が積もる、そして解け始めると淡紅色の花びらがその姿を現してくる。
 何処からもなくメジロが飛んで来て、その椿の蜜を舐めている。
 また一羽飛んで来ては他の花びらに止まる。

 もうやがて、春になるな、梅の蕾も膨らみかけていた。
 庭の草花にも、その息吹が見え始めていた。
 寒椿が落ちる頃には退院できるだろうと毎日思っていた。
 あの雪と椿に陽が射すと何とも美しい思いをしたものであった。

 あれから40年が過ぎた。
 時代も世代も変わってきた。
 いまは歴史の流れの中で、まさに混迷の期で当分の間続くであろう。
 しかし、英知を結集して新しい日本の流れを、いまの若者たちが創ってくれるに相違ないと信じている。
 それは我が国の歴史が物語っている。
 成長も低迷も、繁栄も貧困、そして戦争と平和も、改革も革命も、この世にある全ての事はこの地球上の人がやっていることに他ならない。

 自らも反省することばかりの人生のように思うが、生まれてくる時は自分の意志ではないが、人生を渡り老い死に至るのも,即ち生き様は自分の意志で決めることが出来る。
 今の世相は他人を悪く言って己は立派で正しい、また、悪いことは他人に、良いことは自分にと、責任の立場の者に猛省を促したいと自戒も込めて言っておきたい。

 今でも寒椿が庭に咲く、やはり雪景色の時は懐かしく思い出される。
 人の汚れも知らず、咲き続ける、そしてメジロも。
 この季節になると、何となく勇気と気力が湧いてくる。
 それは私が2月2日生まれのことも起因していたのかも。

 我が日本人は世界でも優れた民族である。
 自信と誇りを持って、有色民族である日本人は有色人種の側に軸足を置いて、その人々からも信頼され期待される国家になるべきであり、自負と責任を持って有色人類の真のリーダーとなる道に向かって共に頑張って行くべきと思う。

 完全燃焼して我が人生を全うする思いである。

posted by むた秀敏後援会 at 08:24| ケガと人生の転機 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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