2012年12月09日

石焼き芋

 この季節、夜になると石焼き芋売りの音色が山里に響いていた。
 しかし、最近あまり聞かなくなった。
 今でも覚えているが、朝鮮から引き揚げて帰った日の“芋”、田んぼでのおやつの“芋”、甘く美味しく昔はよく食べたものだったし、貴重なものだった。
 神無月に出雲へ行った神々が、それぞれの社に帰る。
 各神社では火を焚き“こもり”をして迎える。
 これは古くから続く伝統行事として、今も行われている。
 その時、灰の中に芋を入れて焼くが、これもまた美味しい焼き芋ができる。
 サツマイモの売り声も晩秋からの風物詩であるが、年々続けられてきたものが少しづつ消えることは寂しい限りだ。
 これも歳のせいであろうかと自問する。
 サツマイモでも食べようかと思えば、レンジで“チン”である。
 便利さが食べる楽しみを無くす。
 今の我が国では、不便な生活が心豊かな生活へと変わった気がする。
posted by むた秀敏後援会 at 17:34| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月08日

公共工事のメンテナンス

 昭和40年代からの高度経済成長と共に、山砂の減少に伴って海砂の増加が高まり、民間、公共を問わず海砂の利用が広まっていった。
 当時、塩抜きのため、高く積み上げた砂山に散水していたが、とても短時間に塩抜きできるものではないと思った。
 その砂を使って生コンやコンクリート製品を生産し、次々と出荷していた。
 その製品で道路や橋梁、建物など構築物に幅広く利用し、わが国の大きな発展に寄与したものであった。

 それらの施設も時を経て、今日では老朽化もひどく早急な対応を迫られている。
 新規建設どころか改良、改修、修理にと維持するだけでも大変な物量である。
 漸次推進していることではあろうが、既存施設に対応するだけでも自治体公共事業の大半を占めると思う。
 景気対策の一つとしても、この公共物件への対応に政府、公共団体挙げて取り組むべき課題であろう。
 公共工事のメンテナンスの推進を期待する。
posted by むた秀敏後援会 at 15:56| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年12月07日

さらば、エンタープライズ

 1961年に就役した原子力空母エンタープライズが50年余りの活役を終え引退する。
 この空母には深い思い出がある。
 1968年に米軍佐世保基地への入港の際には、国内の保守革新双方のグループが佐世保に結集し、賛否それぞれの街宣デモ等々、佐世保の街は騒然となった。
 それぞれの運動は激化し大変な状況で、佐賀でも革新グループや佐賀大学の革マル派など連日のごとく「エンタープライズ反対」のシュプレッヒコールを発しながらデモを繰り広げていた。
 自民党は県連の青年部を中心に街宣車を佐世保に送り、活動を展開、エンタープライズの寄港目的と日米安保の重要性を訴えたものだった。

 エンタープライズがその役割りを終え引退する、まさしく一つの時代、世代が終った。
 ご苦労様と言いたい思いである。
posted by むた秀敏後援会 at 05:30| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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