2012年09月18日

頭を垂れる稲穂かな

 佐賀県の米どころ白石地区では、いつも七夕コシヒカリを8月上旬には出荷している。
 一般的な早稲の稲も頭を垂れている。
 穂ばらみの稲も段々多くなってきた、いよいよ実りの秋が近づいてきた感を深くする。
 庭の柿の木も色づきかけている。
 昔はよく食べたものだ、思い出話をすれば秋の季節も数限りない。
 稲刈り、取り入れ、麦まきと作業は続いて、やがて正月を迎えることとなる。
 母が買ってくれた真新しい下着類が枕元に置いてあり、新しい香りのする下着が嬉しかった。
 物も少ない時期だっただけに、一層思い出深い。
 その頃、祖父や父母から「頭を下げて人の値打は下がらんバイ、他人に会ったら頭を下げて、どなたにも挨拶をしなさい。このことの例えとして、昔から“実るほど、頭を垂れる稲穂かな”と言われている。」と話を聞かされたものだった。
 いまの季節になると、昔言われたことを思い出す。
posted by むた秀敏後援会 at 08:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月17日

雨後の筍

 最近やたらと政党、会派が出てきた、まさに雨後の筍に似ている。
 次の選挙で、自分有利の品定めや離合集散である。
 これまでも数えきれないほど繰り返されてきたが、今回は昭和22年戦後の議会の動きに似ているように思える。
 その時は今に比較できやい程のものだったようだが、成熟した今日でも政治局面は戦争直後に似ているかも知れない。
 ある意味では、歴史の流れの中で繰り返される出来事かもしれない。
 いや、そうなんだ、まさに歴史をつくる最も大切な要素が政治なのである。
 この混迷する世相にあっても、良い政治家を輩出し、時代に適した政治を行い、国民が真の幸福を得られる社会、生活環境をつくり上げてくれる議員諸氏が選出されんことを真に願うのみである。
 年老いた我々は天寿を全うするとき、晴々とした気持ちでいたいと思うからである。
 筍でも政治でも、真直ぐに伸びてほしいものである。
posted by むた秀敏後援会 at 06:48| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月16日

ポピュリズムの超克

 戦後、自由主義社会の中で国民の意思や考えは、自由に意見することが出来るようになった。
 そのこと自体はいいことに違いないが、なかでも人気、支持を必要とする政治家は次第にポピュリズム(大衆迎合)に走るようになった。
 また、それを助長させ煽るマスコミ、いわゆる言論界の人によって踊らされたのが今も続いている。
 これは政治家のみならず、わが国の平和な社会が続き、緊張感が減少したことも一因と言えなくもない。
 国民の声、国民の意思、意見だと捲し立て、既成事実を作り上げることもしばしばである。
 マスコミがすべて正義とは言えない。
 よく裏を読むとの言葉があるが、理解力がなく読んでも真実は見えてこないこともある。
 ポピュリズム化した政治家、マスコミ、評論家、有権者の大勢いるわが国に真の民主主義が根付く日は遠く長い期間を要すると言えるのではあるまいか。
 独善的になってはならないが、ポピュリズムを超克した政治家、そして政治を期待する。

 
posted by むた秀敏後援会 at 06:42| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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