2012年03月21日

年寄りの話はエンドレス

 先日、友人の命日に墓参りに行った。
 まだ時間前だったが、私が一番遅れた。
 日曜日でもあったが、皆出足が早い、私もお参りを済ませ話に加わった。

 ところである、若い時、年寄りの所に行くと、病気の話、薬の話、病院の話で、ちっとも聞きたくないと言ってた私が、友人たちとの話でその中に居る。
 昔、年寄りの話と言っていたことが、自分がその輪の中にいるのである。

 明るい話題と言えば、旅行の話と孫のことが多い。
 かつて話した将来の夢や希望の話もあるが、話の終わりがけには葬式や墓、納骨堂へと話は暗い方へと流れていく。
 すると、ひとりが「もう納骨堂の話まで出たから、話はやめよう」と言ったので区切りがついた。
 そうでなければ、エンドレスで続いたかもしれない。
 話がまた巻き戻しで始まる感じだったのでホットした。

 年寄りは、話が長いというが話題が多くて長くなるのではなく、大半が巻き戻しのテープのようなものだからではないか、と同世代の人が言っていたが、自分もそうであると思ったものである。

 昔から、他人のことは良く分かると言う。
 全くその通りだ。
 自分のことは幾つになっても分かっていないのである。

 エンドレス年寄りの言い分なり。

posted by むた秀敏後援会 at 09:06| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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