2011年10月13日

26、少年時代の病院通い

 母が「お前は小さい時から胃腸が弱く、常に医者通いしていたのに、よくぞ北朝から引き揚げて生きて帰って来たね。やっぱり先祖や神、仏様のお蔭だったんじゃろうね。」とよく言っていた。

 小学校低学年位まで、久留米の眼科、耳鼻科、久留米医大等々よく行ったものである。
 父の自転車の荷乗せに乗って行き、ついでに当時あった旭屋デパート(後の井筒屋、それもないが)の食堂できまって親子丼だった。
 その他に松源食堂のこれまた親子丼で、医大の食堂でも同じだ。
 父は子煩悩で可愛がってくれたし、私は特に病弱だったので迷惑をかけたものだった。

 扁桃腺炎の手術する時など、入院せずに手術してくれる医者がいるとの事で、自転車で訪ね回って探しに行ったものだった。
 行った日は微熱があるからと次の日に行ったら、患部に消毒薬を塗って、まっすぐメスを刺し込み一瞬のうちに1センチ位の梅の実のようなものを取り出して、先生は「これでよし、あと一方は1週間後にするから。」と言われた。
 麻酔もしなかったので痛くて食べられず2、3日寝込んでいた。

 また言われたとおり1週間後行ったが、なかなか口を開けられない。
「何している。早く開けなさい。」恐る恐る開けるが、「もっと大きく開けて。」と先生の声、大きく口を開けたら前回同様、ブズッと一突き、「はい、終わりました。」と言われたが、喉が破れていないかと思うような気持になった。

 父に帰る途中で話すと「あの先生は、手術は荒いようだが、なかなか上手と評判のようばい。」と言ってくれた。
 確かに今でも再発はしてないし、これまで同じ痛みは無いから評判通りの名医だったと思っている。
 なにしろ父と病院巡りをしたし、病気のデパートみたいな小学生時代であった。
 本当に父にも迷惑の掛け通しだったと反省と感謝をしている。

posted by むた秀敏後援会 at 11:13| ケガと人生の転機 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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