2011年10月06日

24、友人が飛んで来た

 友人がわざわざ遠い所まで見舞いに来てくれたと思ったところ、「地元では大事件があって大変な事になりよるけん、今夜若手を中心に集まって話し合いをすることになっている。それにあんたを是非連れて来て。」とのことだった。

 もう転院して2週間近くなっていたので外出の許可も出るだろうとは思ったが、一応外出の許可が出れば電話をすると話し彼は帰った。
 昼食後、外出の話をすると外泊はダメだが外出ならばと許可が出たので、夕刻に迎えに来るように連絡した。

 午後5時頃から鳥栖へと向かい車中で主な内容は聞いた。
 あるお宅へ着くと、もう数人が集まっていた。
 車中話は聞いたが、大変な事になったね、そんな話をしていると若手が集まってきた。
 「おお、牟田君も来てくれた、それは良かった。腕の具合はどうかい?」と皆口をそろえたように言った。
 「お蔭で良い方に向かっている。ただリハビリが痛くてね。」と言うと、一人が「僕も足を折ったが、それは痛いのを通り越して失神するごたるばい。まだ牟田君は頑張らんば。」と言った。

 余り名誉な話ではないので、詳しく話しすることはしない方がよい。
 この頃は、色々と流動的で激しい市政に対立もあった時期であった。
 しかしその時、若手が市政の将来を真剣に考えたことは胸を張って言えると今でも思っている。
posted by むた秀敏後援会 at 08:18| ケガと人生の転機 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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