2011年09月12日

17、病室にて W

 今日は用事で外出していたようで夜の7時過ぎに例のごとく、バタバタと院長が来た。
 「遅くなってご免、傷口は大丈夫みたいだな。明日からベッドから立つ練習に入ろうか、補助車を使えるかなー」
 そると「そこまでは。せいぜいベッドから立ち上がるところまでですかね。」と付き添いのおばちゃんが言った。
 「そうだなあ、一段一段やってみるか、そうしよう。あっ、それから労災で治療が長くかかり過ぎるのではと言ってきたから、すこしきつく言っておいた。君に会うようなことも言っていた。その時は病状の事は分からないから院長の方に聞いて下さいとはっきり言いなさい。」

 次の日、工場長に聞いてみると「本社でちゃんとしてくれていると思うよ。そんな話は聞いていないよ。」とのことだった。

 そう言えば、2月も終わろうとしている、大分長い間入院したな、と思ったものだった。
 翌朝から立ち上がりの練習に入った。
 先ず、足をスリッパに入れただけでジンとして痛みを感じる、特に足の裏側だ、とても立つ気になれない。
 そして、腰を浮かせると震えがきて生汗が出て吐き気がしてくるという状態であった。
 「また午後やってみようよ。胃に食物がない方がいいと思うから3時頃もう一回やってみようよ。」と付き添いのおばちゃんがゆっくり寝かしてくれた。

 今回は足に靴下をはいて、そのまま床に下してみた。
 すると足裏が冷たく感じた朝の時より感触はよかった、しかしまだ腰に力が入らない。
 同室の若い患者が脇を抱えてもらい、ジワーと腰を上げてみると何となく腰も伸びた。
 これまでに1時間以上かかった。
 「今日は、これまでで明日またやろう。」と同室の皆も喜び合ってくれた。

 明日はどこまで出来るだろうか、喜びと不安で複雑な思いであったが少しの運動ではあったが、夜は早くからぐっすりと眠った。
 次の日からも訓練を続け、1週間もすると完全に歩けるようになり、廊下を歩いて訓練に励むと、段々と脚に力が入ってきた。

 丁度院長室の近くまで行った時、バッタリ院長に出会った。
 「もう足どりもいいから、裏道位は少し歩いていいぞ。暖かくして付き添いのおばちゃんと必ず一緒にな、外の空気はうまいぞ。」と声をかけてくれた。
 人相も親分肌だし、眼もギョロっと大きく眼光も鋭いが、その時はオヤジさんみたいな顔つきだった。
 病院の皆だれもが優しくしてくれたことは本当に嬉しく思ったものであった。

 ネクタイの締め方を教えてくれると言った人が明日退院となる日、早速教えてもらった。
 すると本当に出来るのであった。
 まだワイシャツをちゃんと着てなかったので、後に練習して本当に出来るようになり一安心になった。
posted by むた秀敏後援会 at 08:14| ケガと人生の転機 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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