2011年08月29日

13、医大の先生への話し

 よく医大から若手の先生が来ると、院長は必ずといっていい程、連れて来ていろいろと説明していた。
 おそらく切断をも考えたものが、うまく進んでいること、その過程で処置したことも順調に進んでいること等、指導を含めての話しだったと思ったものであった。

 その時の院長は得意気に、誇らしげに話していたことを深く印象に残ったものであった。
 特に命も助かり、ケガもほぼ順調に進んでいたので後輩たちへの十分な研修でもあったのではないかとも思ったものである。

 ある日、また年配の医者を連れて来た、その時は丁度付け替えの時であったので、また一から説明していた。
 「傷や骨折の方もだが、よくぞ輸血をして肝臓はじめ臓器が大丈夫だったのは奇跡とも言ってもいいんじゃないですかね、院長先生の処置がよほど適切だったのでしょう。」と話された。
 その時も院長は満足そうだったし、私も嬉しかった。

 ただ傷口の皮膚ができてこないので、皮膚の移植をすることになり、左足の皮膚を取って移植した。
 今でもその部分は色が違って、ヒゲが足のものが出てくるのである。
 超薄い皮だけなのに足毛が出てくるとは不思議な感じがしている。

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2011年08月25日

12、医学会からのトンボ帰り

 夜の10時近くなった時刻だった。
 「すまん、すまん、今帰ってきた」と院長が小走りで部屋に入って来た。
 「学会で上京していたので、トンボ帰りしたがこの時間となってしまった」と言いながら付け替えを手早く始めた。
 「君に信頼されているからな、裏切ることは出来ないもんな。」と言いながら処置を続けた。額にはうっすらと汗ばんでいる。
 本当に、この院長を頼ってよかったと改めて思ったものだった。
 看護婦さんに、どんなに帰りが遅くなっても必ず僕が処置するからな、と言っていた。
 院長には切断の山を越えた自信と温かい思いやりの気持ちからの言葉と思えた。
 消灯時刻後だったので室内の皆に気を遣って、そっと退室された。

 院長は若い頃、地元では名の通った悪ガキ大将だったらしい。
 ケンカも強くそして人情家で、強い者とは他の町までケンカしに行っていたとのこと、だが頭は良くて、あまり勉強せず常に成績は上位だったそうだ。
 人望も厚く当時も医師会の役は当然ながら町の商工会長も務めていて、後に町が市制をする時のまとめ役をされたことを記憶している。
 そして、43才の若さで他界されたが、その時の弔辞では当時近くで開業の精神病院の院長が、「自分は40年以上かかって成し遂げたことを君は20年余りで達成した。本当にすばらしい人材だった、私はこの町の将来を託したかった。」との内容だった。

 もし今日まで院長が存命なら、人生の相談を節目節目に出来たろうにと、これまで幾度となく思ったものであった。
 私の部屋には、世間から嫌がられる人達も何人も入退院していた。
 人を分け隔てることなく、病んだ人をすべて受け入れ誠心誠意尽くされたことを今でも尊敬している。
 今は時代も変わり、ものの考え方や見方も変わることは世の常だが、人の真の心だけは失ってはならないと思ったものである。
 人間は失敗もし、窮地にも立ち、そのことを乗り越え前向き思考が人を育て上げていくものと信ずる。

 良い人と巡り合った。

posted by むた秀敏後援会 at 08:17| ケガと人生の転機 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月22日

11、再びの手術

 傷口もすっかり小さくなってきていた。
だが骨の方は折れたままで、まず傷を良くなすことに専念していたので、今になってしまったのである。

 二本の骨をつなぐ手術は順調にしかも短時間で終わることが出来た。
 快方に向かう手術だったので気持ち的にも気楽になっていた。
 院長も「もう大丈夫だ、少し時間かけて良くなしていこう。
しかし、障害は相当残るかも知れないが、それはこれだけのケガだから仕方ない。
障害と共に生きていくことを考えなければなるまい。
君ならできる。じっくり考えて、しっかりと生きて行きなさい。」
と言葉をかけていただいた。

 私はその時、これからは障害を自分の個性と考えて生きて行こうと思った。
 それからは一日も早い完治を願い治療に一層専念したものだった。
 付き添いのおばちゃんから、「これから少しずつ体力をつけるよう軽い運動をしなさい」と言われ、足の曲げ伸ばしや、右手で若干重いものを上げ下げするなど少しずつ始めてみた。

 寝てばっかりなので、体力は減退しているので毎日少しずつ軽い運動を続けることにしたが、ベッドの上でのこと、思うことの半分も出来なかったのであった。


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