2011年06月20日

31、姉に感謝す

 この稿は、私のかすかな記憶と母が話してくれたことに自分の気持ちを交えて書いたものである。
 詳細において事実との正確さの程は母も亡くなり分からないこともあったが、大筋の流れは捉えて書いたつもりである。
 ただ一つ言えることは、引揚げ中には一つも楽しかったこと、嬉しかったことが無かったことは事実である。
 記憶にある大半が恐ろしいこと、悲しいこと、辛かったこと、総てが暗い、いやな思い出ばかりの日々であった。

 今、こうして振り返ってみると、思い出として語ることのない姉の気持ちがよく分かる。
 姉には私よりもっと記憶の鮮明な出来事を知っているだろう。
 その思い出は自分で墓場まで持って行く決心だと、私もあえて聞くことをしなかった。
 辛い思い出、それ以上のものに違いない。

 姉がいなかったら私が現存したかは分からない。
 母と姉がいたから故郷の土を踏めたと思う。
 姉は三つ年上の73歳になる。
 互いに元気で近くにいるが、そう長くはない人生だ。
 なかなか話す機会もないが、私よりも苦労して帰ってきた姉に心から感謝の言葉「本当にありがとうございました。」と申し述べたい気持ちでいっぱいである。

 この稿を書き終える最後の言葉としたい。

posted by むた秀敏後援会 at 07:51| 死闘の日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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