2011年06月16日

30、戦争の罪と責任

 東日本大震災、我が国史上最大の地震と津波による災害は、戦争に匹敵するものである。
 このことは誰も想像できなかったであろう。
 数百年、いや千年に一度の大震災と言われているが、テレビで知る知識であるが特に津波が押し寄せてくるのをリアルタイムに見ていただけに、そのショックは大きく、津波の威力にただただ驚いた。
 ある時は襲いかかるように、また飲み込むように、大きく口を開けたライオンやトラ、そしてクジラのように一口に飲み込んでいく姿に見えた。
 また、その足の速いこと、あっと言う間につぎつぎと行く、ありとあらゆるものをなぎ倒して行く。
 近くで見ていた人も、アーアー、アーアと声を出すことが精いっぱい、家が壊れ流されるのに時間は要らない、本当にあっと言う間の出来事であった。
 テレビを見ても涙するばかりで、現実の人々は声にも涙にもならないのが本当だろうと思った。

 このことと私達引き揚げ者との苦難には違いはあるが、被災者としての立場は似かよっている点が多い。
 今は国も強く大きくなって戦後時とは比べものにならないが、精神的なものを含め特に肉親を失った人々の悲しみ等を十分考慮してほしいと切望するものである。
 私の子供も関東地域にいるが、余震や物資不足、電力不足など被災地域での生活に苦労している。
 一日も早い復旧と復興を望んでやまない。

 第二次世界大戦を振り返るNHKの番組があった、真実の事総ては分からないが、この戦は勝てる戦ではなかった事だけは、はっきりしていたにもかかわらず、その時の流れが戦争に突入せざるをえない状況をつくりあげて行ったように思えた。
 この戦はやるべきものではなかったことは明々白々のものであった。
 そのことは承知のうえに戦争への流れに流されたものではなかったのか、戦争の理屈はどうでもなるが、戦争という大事件について関係者の責任について、もっと真剣に向き合い検証すべきではなかったか。
 何の罪の無い子供が生死をかけて引き揚げて来た、また国内で多くの被災者を出した。
 このことの日本国民に対して、とりわけ子供達に対する大人の責任が明白にされないまま、時は過ぎ去ってきた・・・ように思う。
 戦争と言う恐ろしい化け物に遭った人々は、我われ引き揚げて来た者、また国内で被災した子供達は戦争の真の責任をどこの誰に言えばよかったのか、いま改めて思う。
 あの時は非常事態だったから、戦争だったから、と一言で片付けられる問題ではあるまいとも思う。

 私は戦争の責任と罪は冷静に、そして厳格に対処すべき問題であったと思っている。
 今更ながらと言われるかもしれないが、次に戦争を起こさぬために“今更ながら”である。
 時代も変わり世代も変わる今日、戦争を知らない世代が政権を握り運営する時代になった。
 第二次大戦開戦時のことをよく頭に入れ、よもや、はずみや流れで走った戦争など絶対にあるまいと思うが、年寄りの思い過ごしであればいいがと、また余計なことを言ったような気がする。
 引き揚げの旅路を書いてみて、ふと頭をよぎったからに他ならない。

      だが言っておく。
  “戦争は絶対にやってはいけない”  このことだけは。 

posted by むた秀敏後援会 at 07:25| 死闘の日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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