2011年06月13日

29、寝たり起きたりの日々

 2,3日経つと熱が出て、それからはずーっと微熱が続き寝たり起きたりの日々が2ヶ月以上続いた。
 母も心配して、このように熱が続くなら学校へは行けないかもしれないねと話していた。
 姉もそうだが、母も疲れが取れないでいる、本当に学校へ行けるか心配になる。
 医者は特に悪いところは無いと言う。
 そうこうしている内に熱も次第に下がり平熱になった。
 もう少しで学校だったから、父も母も心配していた。

 元気を取り戻してきて、いよいよ入学に時が来た。
 姉も私も1年遅れの進学で、私が入学姉が1学年下のクラスに入った。
 桜の季節で校庭の花もきれいであったことをよく覚えている。
 校門に一礼して二宮金次郎の銅像に一礼し、そして玄関から校舎へと入って行った。
 教室に入ると私は一番後ろの席だった。

 昔は二人掛けだったので、牛嶋博明君と並んだ。
 今日では二人とも政治家になって共に活動してきたが、その源が1年1組、入学時からの縁である。
 政治家としては党派を異にしていたが、昔からの親友であり立場の違いはそれとして、話し合い、理解し合って今日まで活動してきた。
 私は引退し、彼も勇退した。
 友の有難さを感じる局面が幾度となくあり、特に県議会時代、牛しゃん、牟田ちゃんと呼び合って議会運営の重要な役割を果たしたことも懐かしく思い出される、ともに県議会が円滑に運営される役目であった。

 それもこれも、小学校入学時の同じ机が縁だったのである。
 牛嶋君、牛しゃん、郷土の政治家として共に歩むことができ、本当にありがとう。
 心から感謝とお礼を申し述べたい。

posted by むた秀敏後援会 at 06:11| 死闘の日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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