2011年06月09日

28、柿の実

 一夜明け、私は昼近くに目を覚ました。
 「今起きたの」と母の声、もう早くに母は起きていたようである。
 「昼ごはんを食べたらお母さんの家に仏さん参りに行くからね」と昼食の準備をしていた。
 昼食を大勢で、しかも白いご飯を食べたのは本当に久しぶり、北鮮の家を出てから殆ど無かったのである。
 ご飯と味噌汁がとても美味しかったことを今でも覚えている。

 食事を終えて、母と姉と三人で母の実家へと向った、母の家は歩いて5分ほどの距離にある。
 着くと仏壇に参った、祖父母ともに亡くなっており、写真を指して母がそれぞれを教えてくれた。
 母の叔父や叔母たちや家族の人たちに挨拶した。
 「本当によく帰ってきたね。大変だったろう。もう帰えらんかと思っていた。」と叔父が言うと、「何としても日本に帰る。そのことばかりを考えていた。主人が生きて帰っていて本当に良かった。」と母が答えた。

 姉と美味しい薩摩芋や栗を食べた、庭に植えてあった夏みかんも食べた。
 私にとっては珍しい物ばかりであった。
 その時、叔父が「柿が無いね、秀ちゃん、満ちゃん、来んかい。」と連れて庭先の柿を竹竿で籠いっぱい取ってくれた。
 これが美味かろうと、皮をむいて姉と私にくれた、「甘い」と顔を見合わせ言った。

 母は叔母や近所の人達と話し込んでいた、時折、笑い声もして楽しい様子だった。
帰り際に川を見ると、青く澄み切っておりハヤなどの魚が泳いでいる。
「この水は飲んでいいんだよ」と母が言ったように、本当にきれいな水だ。
 また一つ柿をほおばった。
 もう、その川も一変して、今は魚の姿も見ることができない。

posted by むた秀敏後援会 at 08:25| 死闘の日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。