2011年06月14日

力丸勝海先生に敬服

 鳥栖商工会議所ニュースで「全国最高齢で特定社会保険労務士に合格」との記事にビックリして目を通してみると、86歳でこの3月に国家試験に合格されたのこと、ただただ敬服するのみである。

 かねて、先生と話す機会があれば、高い見識をもって色々と助言を頂いたものだ。
 先生の向上心と努力、実行力、“若いものには負けん”を正に実証された。

 私も話す機会には、“人生死ぬまで挑戦すべし”、“何事にも前向きで”と言うが、言葉が先行して実行が伴わない。
 よく世間では“年寄りは口ばかりで身体が動かない”と陰口で批判されていることが多い。
 私達もその年になったかなぁ・・・と友と話す時もある。

 しかし、力丸先生の実行を考えると、私など全く恥ずかしい気持ちになった。
 先生の益々のご活躍とご健康を祈るのみである。
 さあ! 心を入れ替えよう・・・。
posted by むた秀敏後援会 at 08:48| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月13日

29、寝たり起きたりの日々

 2,3日経つと熱が出て、それからはずーっと微熱が続き寝たり起きたりの日々が2ヶ月以上続いた。
 母も心配して、このように熱が続くなら学校へは行けないかもしれないねと話していた。
 姉もそうだが、母も疲れが取れないでいる、本当に学校へ行けるか心配になる。
 医者は特に悪いところは無いと言う。
 そうこうしている内に熱も次第に下がり平熱になった。
 もう少しで学校だったから、父も母も心配していた。

 元気を取り戻してきて、いよいよ入学に時が来た。
 姉も私も1年遅れの進学で、私が入学姉が1学年下のクラスに入った。
 桜の季節で校庭の花もきれいであったことをよく覚えている。
 校門に一礼して二宮金次郎の銅像に一礼し、そして玄関から校舎へと入って行った。
 教室に入ると私は一番後ろの席だった。

 昔は二人掛けだったので、牛嶋博明君と並んだ。
 今日では二人とも政治家になって共に活動してきたが、その源が1年1組、入学時からの縁である。
 政治家としては党派を異にしていたが、昔からの親友であり立場の違いはそれとして、話し合い、理解し合って今日まで活動してきた。
 私は引退し、彼も勇退した。
 友の有難さを感じる局面が幾度となくあり、特に県議会時代、牛しゃん、牟田ちゃんと呼び合って議会運営の重要な役割を果たしたことも懐かしく思い出される、ともに県議会が円滑に運営される役目であった。

 それもこれも、小学校入学時の同じ机が縁だったのである。
 牛嶋君、牛しゃん、郷土の政治家として共に歩むことができ、本当にありがとう。
 心から感謝とお礼を申し述べたい。

posted by むた秀敏後援会 at 06:11| 死闘の日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月12日

百万円の万年筆

 先日、有田焼で100万円もする万年筆のセットが発売される報道があった。
 セーラー万年筆の創業100周年の記念で、しかも100点限定とのこと。

 このような高価なものは庶民にはとても手が出せない、どんな人が買っていくのかそれも気になる。
 この種の品はおそらく直ぐに完売であろう。
 売れ行きを心配するのは私の思い過ごしだ。
 もし、いま自由に使える100万円があったらと想像してみると楽しくなるし、また100万円を万年筆に使えるリッチな生活を夢見るのも楽しい。
 私も100万円の万年筆で書いてみたい、だが内容が良くなる訳ではなく100円のボールペンが丁度いい。

 しかし、寂しい気もする。
 「馬子にも衣装」との言葉もあるが、万年筆で文字が良く書けうまい文章ができるものでもあるまい。
 言葉や文章は心で書くものである・・・・ と言っておこう。
posted by むた秀敏後援会 at 07:45| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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