2011年06月23日

井上萬二展

 福岡の友人が以前海外の有名画家の作品展示販売をしていたが、今回、井上萬二先生の陶芸作品展示の案内があった。
 先日訪ねてみると、小ギャラリーの中に色々な作品が展示されていた。
 こじんまりしたギャラリーだけに、じっくりと作品を見ることができ、今までにない印象を持った。

 淡い青磁の作品も素敵である。
 これまでも井上先生の作品を拝見することがあったが、今回は改めて作風を見つめることができたようだった。
 陶芸に眼力がある訳でもないが、やはり有名な作家のものは素人ながら強く心をひかれるものがある。
 白磁の世界で第一人者といわれるだけに、その作品に見入ってしまう。

 そして私は空想しながら白磁に絵付けをしてみて、その作品を心で楽しんでみた。
 ふと、こんな自分の楽しみ方もあると思った。
posted by むた秀敏後援会 at 06:44| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月22日

妹からのバラ

 父の日に家内の妹から色とりどりのバラを届けてもらった。

 バラを改めて見ると、ビロードのような赤い花びらがとても綺麗だ。
 黄色、白色もそれぞれに綺麗だ。
 花びらの重なりもこれまた整然と並んで綺麗だ。
 「いま知ったの?」と言われそうだ。
 今までこんなにじっくり見たこともないし思ったこともなかった。

 今の世は、あまりに情報が多く、また多量の中に生きてモノをじっくり見、考えることが少なくなっているのではないかと思う。
 私自身も、振り返ってみると全く流れに流されて生きてきた。
 “人は世に連れ”との言葉もあるが、バラのようにいつまでも己を失わず、一途に生き続けることを花に学んだ思いがする。

 また来年も、美しいバラをこの季節にと思うものである。
posted by むた秀敏後援会 at 07:41| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月20日

31、姉に感謝す

 この稿は、私のかすかな記憶と母が話してくれたことに自分の気持ちを交えて書いたものである。
 詳細において事実との正確さの程は母も亡くなり分からないこともあったが、大筋の流れは捉えて書いたつもりである。
 ただ一つ言えることは、引揚げ中には一つも楽しかったこと、嬉しかったことが無かったことは事実である。
 記憶にある大半が恐ろしいこと、悲しいこと、辛かったこと、総てが暗い、いやな思い出ばかりの日々であった。

 今、こうして振り返ってみると、思い出として語ることのない姉の気持ちがよく分かる。
 姉には私よりもっと記憶の鮮明な出来事を知っているだろう。
 その思い出は自分で墓場まで持って行く決心だと、私もあえて聞くことをしなかった。
 辛い思い出、それ以上のものに違いない。

 姉がいなかったら私が現存したかは分からない。
 母と姉がいたから故郷の土を踏めたと思う。
 姉は三つ年上の73歳になる。
 互いに元気で近くにいるが、そう長くはない人生だ。
 なかなか話す機会もないが、私よりも苦労して帰ってきた姉に心から感謝の言葉「本当にありがとうございました。」と申し述べたい気持ちでいっぱいである。

 この稿を書き終える最後の言葉としたい。

posted by むた秀敏後援会 at 07:51| 死闘の日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。