2011年05月23日

23、船からの水葬

 船内で人が亡くなった時のことである。
 一人のお年寄りが安心したのか急に亡くなり、皆で手を合わせてお祈りをしたことを覚えている。
 アメリカの人がお世話をしていたから、きっとキリスト教のお祈りだったと思う。

 次の日、私達は甲板に上がり最後のお別れのお祈りをした、そして遺体を毛布で巻いて海へ投げ入れられた。
 すると船が汽笛を鳴らして遺体の周囲を3周ほど回った。
 その汽笛の音色は淋しく悲しく聞こえた。
 そして船はまた日本へと向った。
 甲板の皆は手を振って別れを告げた。
 水葬を始めて見たが、悲しくて涙が止まらなかった、ここまで生きて来たのに日本の土を踏むことが出来なかったことは、本人はもとより家族にとっても無念だったろうと、思い出して私もまた涙したものだ。

 ここでサメの大群についてふれておこう。
 水葬して海を見ると、もうサメが来ていた、人食いザメである。
 つぎつぎとやって来る、そしてアッという間に先程水葬した遺体が沈んだ。
 その瞬間、海に赤い血が流れた、悲しい別れの出来事であった。

 戦争は終わっても悲劇は続くのである。
posted by むた秀敏後援会 at 06:48| 死闘の日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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