2011年05月16日

21、月あかりの粥

 10月も中旬になり晩秋の夜は寒かった。
 海辺の浜は冷たい。
 皆もそれぞれに焚き火をして食事の用意をしていた。

 私たちも母と姉の三人で石を集めカマドを作ってハンゴー2つで食事の用意をしていた。
 その時、母がリュックの底から油紙に包んだ布袋を取り出して「これ何かわかる」と言った。
 姉と私は「わからない」と言うと「覚えていないの、お米よ。これはあなたたちと今日で死ぬかもしれないとお母さんが思った時に、炊いて食べるために残しておいたのよ。
明日、大きな船に乗れば日本に帰れる、今夜このお米をお粥にして食べて元気に帰ろうね」
と母が言った。
 その夜の食事は一層美味しかった。

 「満ちゃん、秀ちゃん、もう一つ美味しいものがあるよ、何だと思う」
 「わからない」
 「リンゴだよ」と言って母はリュックの中から真っ赤なリンゴを取り出した。
 これは井上さんから貰ったの、と食べさせてくれた。
 母も本当に安心したものだと感じた。
 寒い白砂の上だったが、明日を夢見ると楽しくて三人で月を見ながらいつまでも眠れなかった。
 他の人たちも眠れずに話し声が続いていたという。

 翌朝、再び漁船に乗って帰還船に向った。
 前日の夜、お父さんが一緒に帰ったらもっと良かったのにね、と言っていたことが母の気持ちで心に陰を落しているようだった。

 私も姉もお父さんのいる家族を見ると、本当に羨ましく思えてならなかったのである。


posted by むた秀敏後援会 at 07:52| 死闘の日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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