2011年05月12日

20、明太船の栓

 韓国の漁船を借りて帰還船に乗り移る予定のようだ、幾ら払ったのか知らないが漁船にしては大きい船だった。

 夜に漁港に着いたので一夜明して翌朝出港の予定を告げられた。
 翌朝、代表から
「皆さん、本当にご苦労様でした。いよいよ日本に帰る帰還船へとこれから向います。海が浅いので、漁船に乗って帰還船へと向います。忘れ物などないように注してください。」
 とあいさつがあり、次々と漁船に乗り移った。

 船内も甲板にも人々がいっぱいだった。
 エンジン音が鳴り響いて船が出航した、皆でバンザイ、バンザイの声が沸き上がった。
 船は南へ走り出し、潮風が心地よく長い逃避行生活にももう直ぐ別れられる、皆の笑顔は本当に心からのものだった。
 そして思い思いの過去を捨て去り、明日への希望の笑顔があった。
 笑談も楽しげに尽きることはなかった。

 その時である、船室より「水が」との叫び声で騒然となった。
 船長が飛んで来て「人が多く乗り過ぎ、船の底板にある栓が抜けた」と話したそうである。
 海水と船内のバランスを欠き、木栓が抜け海水が入って来たとのことである。

 浅瀬だったので大人は降り、中の海水を汲み出し砂浜へと押し上げ、船を修理することになり、私たちは一夜を浜辺で最後の野宿をすることになった。
 船が明太船なので生臭く、いやな感じだった。
posted by むた秀敏後援会 at 06:05| 死闘の日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。