2011年05月25日

安物買いの銭失い

 ユッケは私も好きで食べていた。
 焼肉店に行くとロース、カルビを中心にレバーそして卵スープ、キムチ、ビビンバなど腹いっぱい食べたものである。
 韓国の在日幹部との食事の時である、彼らはロースとかカルビなどはあまり食べない人が多く赤身やホルモンを中心に食べていた。
 私は脂身の方が好きでよく食べていたが、身体に良くないと注意をされたことがある。
 だが今もメニューはほとんど変わっていない、どちらかと言えば肉食系かもしれない。

 話を戻そう、安くていいものが一番だが、テレビの中で同業者の人があの値段(一皿280円)でユッケは出せないと言っていた。
 反論もあろうかと思うが、昔から「値段がと」とか「値段しんじゃぁ」と、いいものは高いという考えである。
 服装品などは別にしても生命に直結する食べ物は安全安心できることが第一義である。

 食の安全、お互い気を付けて。
posted by むた秀敏後援会 at 08:50| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月23日

23、船からの水葬

 船内で人が亡くなった時のことである。
 一人のお年寄りが安心したのか急に亡くなり、皆で手を合わせてお祈りをしたことを覚えている。
 アメリカの人がお世話をしていたから、きっとキリスト教のお祈りだったと思う。

 次の日、私達は甲板に上がり最後のお別れのお祈りをした、そして遺体を毛布で巻いて海へ投げ入れられた。
 すると船が汽笛を鳴らして遺体の周囲を3周ほど回った。
 その汽笛の音色は淋しく悲しく聞こえた。
 そして船はまた日本へと向った。
 甲板の皆は手を振って別れを告げた。
 水葬を始めて見たが、悲しくて涙が止まらなかった、ここまで生きて来たのに日本の土を踏むことが出来なかったことは、本人はもとより家族にとっても無念だったろうと、思い出して私もまた涙したものだ。

 ここでサメの大群についてふれておこう。
 水葬して海を見ると、もうサメが来ていた、人食いザメである。
 つぎつぎとやって来る、そしてアッという間に先程水葬した遺体が沈んだ。
 その瞬間、海に赤い血が流れた、悲しい別れの出来事であった。

 戦争は終わっても悲劇は続くのである。
posted by むた秀敏後援会 at 06:48| 死闘の日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月21日

初夏の風物

 麦も実りはじめている。
 散歩道の麦畑もいよいよ実りだした。
 まだまだこれからであるが、そう言っているうちに色づくようになる。
 この春は雨が少なく肌寒い続いた、取り入れ時期に雨が続くと麦は立ったまま芽を出すので、これからの天気次第だ。

 すでに我が家の周りでもカエルが鳴き、これを追ってホタルが飛ぶようになる。
 廻る季節に沿ってそれぞれの営みが始まりそして終わっていく、四季のある我が国は本当に素晴らしいと、どの季節になってもそう思う。

 東日本大震災をみると自然の力を恨めしくさえ思う。
 自然に生かされている者としてその力を受け入れねばとも思う。

 初夏の青葉はまた美しいものである。
 目に青葉 山ホトトギス・・・である。
posted by むた秀敏後援会 at 06:34| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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