2011年04月25日

15、夜道を歩く

 昭和21年の秋頃のことだった。
 隊の代表の人が皆を集めて「これからは山中を歩く、ソ連軍が入って来てから、私たちに対する態度が変わってきた、見つかったら全員殺されるかもしれない。そこで、これからは昼間山中で寝て夜静かに歩く。子供たちが泣いたりしないように、もし泣いたり歩けなかったりしたら隊から外れてもらう。」などの話しがあり、昼夜真逆の生活になった。
 この生活について行けずに去って行った人々もいた。
 その人たちがどうなったか知る由もない。
 無事に日本へ帰ることが出来たのであろうか、と案ずるのみであった。

 このような日々が続く、そして、だんだんと秋も深まり寒くなってきた。
 夜などは冷たくて寝られない日もある。
 体力が衰えていくが、食べ物も少なく、日に日に人々の気持ちが荒んでいく。

 いっそ、朝鮮の所へ行ってみたらどうか?
いや心配だ、だがこのままの状況が続けば凍死するのは目に見えている。
いや見つかって死ぬ位だったら皆で殺しあって一緒に死のう。
などと思い思いの言葉が語られたそうである。

 すると代表が「明日自分が様子を見てくる、その上でまた話し合って今後のことを決めよう」とのことでその場は収まったとのことである。

 翌日、代表の話だと、「ソ連軍が進駐して来ているので日本人への当たりが悪い、もう少し山中を歩いて南進してからの方が良いのではないか」との話しになったそうである。
 もう間もなく南鮮へ入るとのことだ。

 それからまた歩き続ける日々が続いた。
昼に寝て、夜歩くのにも慣れてきた。
 前の人が歩く後をついて歩くのであるが、やはり夜道は怖い。
 その時、前方に明かりが見えた。

posted by むた秀敏後援会 at 18:42| 死闘の日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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