2011年04月21日

14、野宿の連続

 またもや野宿の日々が続く、歩くことと野宿の繰り返しである。
 また、帰還グループの一隊と一緒になった、そして来る日も来る日も歩く、雨がひどいと小屋などの軒下で雨宿りをして過ごす。

 ほとんどが牛小屋、豚小屋、軒下、大木の根元、などで過ごすことが多かった。
 雨が降らないときは草むらに毛布で寝ていた。
 お年寄りや赤ちゃんなどは途中で死んでいくことも多かった、まさに戦場である。

 特に北鮮から帰る人々は厳しい自然環境とソ連軍や北鮮軍の中で特段に大変な状態であったと思うし、各地からの引き揚げ者でも最も過酷であったそうである。

 雨の日や雪の日も大変であったが、暑い夏にはヘビや虫などがいて、ある夜には首や腹の上をヘビが渡っていたり、目の前にヘビの顔があったりした。
 他の動物や虫などは野宿で仲良しになったものだが、いま思うとゾートとしてしまう。
 だがその時は皆がそういう生活をしているので特別な思いではなかった。
 何百日も野宿していると、その生活を皆がしているので特別とも思わないし、平然と暮らしていた。

 この頃には母も元気を取り戻していた。
 野原で子供心ながら夜空の星が綺麗だったこと、特にお月様を見ると安心な気持ちにさせてくれたことだった。
 母も姉もそして隊の皆も夜空をみてそれぞれに想いを巡らしていた。
 明るくなれば起き、暗くなれば眠る、その間は昼食もとらずただひたすらに歩き続ける。

 来る日も来る日も歩く。
 それぞれの故郷は違っても日本に帰る、帰り着くまでとの気持ちは一緒で今日歩く、そしてまた眠る日々。


posted by むた秀敏後援会 at 08:09| 死闘の日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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