2011年04月18日

13、姉とのバイト

 母が床に臥している間は相当長い日数だったと思う。

 井上さんにいつまでも迷惑かける訳にはいかず、姉が家事総てをやっていた。
 寒い時であったので辛い毎日であったと思うが、一生懸命にやっていた。
 私も少しは手伝っていたと思うが姉が本当に頑張ってくれたのだ。

 ある日、姉が薪積みに行くよと私の手を引いて近くに歩いて行った。
 そこには日本人の男性が薪割りをしているので、その薪を「井」の字型に積み上げていく仕事である。
 姉と二人で終日続けた。
 夕方、姉は見知らぬおじさんから赤いお札を貰い、少々の米を買って来た。
 私達生まれて初めてのアルバイトであった。

 そして一日の出来事をお母さんに話していた。
 母も寝床で横向きになって聞き入っていた。
 「お姉ちゃんと秀ちゃんで働いてお金を貰って来たんだね、それはよかったね」と言いながら二人の頭を撫でてくれた。

 母は、なかなか体調の回復が出来ないでいた。
 もう年も明け3月も下旬になっていた。
 その時、井上さんがやって来て「牟田さん、5月ごろには私達も帰る用意をするので」とのことであった。

 あと2ヶ月あまりしかない、母は「はいそうですか、私達もそろそろ帰る準備をします」と言ったが、思うように体力が付かず床にいる日々が続いていた。
 私たちはいつものアルバイトをしていた。
 そのバイトもやがて終わった。

 母の体調も幾分回復していたが、まだ歩いて帰る体力ではなかったが少々無理して井上さん宅を出て、歩く日々の生活へと戻っていくのであった。

posted by むた秀敏後援会 at 08:18| 死闘の日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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