2011年04月07日

10、母を困らす

 もう歩けないよと私は立とうとしない。

 姉がその時「歩きなさいよ、お母さんと一緒に行くのよ、もう秀ちゃんはお母さんを困らせてばっかりだから」そう言って私の手を取った。
 私は姉に引き摺られるようにして歩き続けた。
 もう、歩きどおしだ。
 いやだ、歩けないと言っても姉はグイグイと手を引いた。

 もう何日も風呂に入っていないし、布団にも寝ていない。疲れきっている。
 今日も一日中歩き続けるようだ。
 母は汗を拭きながら頑張っている。

 向こうから日本の兵隊さんが歩いてきた。
 「お父ちゃんだ」と私は叫んだ。
 すれ違ったが、その兵隊は何も言わず通り過ぎた。
 母も姉も黙々と歩き続けた。

 やっと母が口を開いた。
 「ご飯にしようか」と言って道の脇の木陰で済ませた。
 「まだまだ歩くの」と母に言うと「そうよ日本に着くまで歩くのよ、遠い遠いところまで歩くのよ、秀ちゃんも頑張ってね」
 私は母の膝を枕に眠ってしまっていた。
 秋風は心地よく、ひと時を眠った。

 「さあ、歩くのよ」母の声に姉と私はまた歩き出した。
 暫くすると、また私は「今日もずーと歩くの」母は「さっき言ったでしょう、日本に帰るまで毎日毎日歩くのよ」
 「お父さんにおんぶされているいるじゃない」
 「そうよ、お父さんがいないから秀ちゃんはダメよ」
 母の手にも力が入った「頑張って歩きましょ」
 私は父のいる子を羨ましく思った。

 夕暮近くなった。
 また今夜の野宿を探す時間になった。
 朝鮮の家を訪ねた。
 やっと小屋の脇を貸してもらえた。

 今夜も星がきれいだ。
 私は姉と違って、いつも母を困らせてばっかりだったようだ。
 辛い生活のまだ始まりだった
posted by むた秀敏後援会 at 08:36| 死闘の日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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